目次
砂糖の生産について
サトウキビとテンサイ(砂糖大根)の違い
砂糖の生産地と栽培方法
供給側のファンダメンタルズ要因
民間在庫補助(PSA)
気候リスク:エルニーニョ・南方振動(ENSO)
砂糖とエタノール:生産量のバランス
先行指標との相関関係
インド市場が与える影響
需要側のファンダメンタルズ要因
公衆衛生に関連した政策
代替甘味料の台頭
新興国における所得の増加
まとめ
大豆とコーンに次いで、3番目に取引量が多いソフトコモディティである砂糖。砂糖市場は流動性が比較的高く、価格が変動する要因も多岐にわたるため、多くの市場参加者によって注目されています。
本記事では、砂糖の取引において市場を動かす主な基本的要因(ファンダメンタルズ)について、詳しく解説していきます。
なお、本ガイドをご理解いただくために必要な知識を網羅した、以前の記事を先にお読みいただくことを推奨いたします。
→ トレードガイド:ソフトコモディティCFD入門
📝 差金決済取引(CFD)による砂糖の取引
砂糖の具体的な取引内容に触れる前に、CFDがどのような仕組みで機能し、先物契約の売買とどう異なるのかをしっかりと理解しておく必要があります。CFDを通じて砂糖を取引する際の主な特徴には、以下のような点があります。
CFD取引の主な特徴
🔷 CFDは、差金決済を行うデリバティブ(金融派生商品)です。 これは、トレーダーが商品を物理的に売買したり、受け取ったりすることがない、ということを意味します。現物の受け渡しは行われず、売買から生じた損益の差額のみを現金で決済する仕組みです。 つまり、トレーダーは主要市場におけるソフトコモディティの先物価格に連動するように設計された契約の価格変動を予測して取引を行います。このようにCFDを用いることで、先物契約のロールオーバー(乗り換え)や現物の受け渡しといった手間を心配することなく、価格の変動のみを取引の対象とすることが可能になります。
🔷 CFDではレバレッジを利用でき、資本をより効率的に活用することが可能になります。 レバレッジを賢く利用することで、一つの資産に全ての資本を固定することなく、複数のポジションを同時に保有することもできます。また、ポジションサイズを大きくすることで、通常であればわずかな利益率にしかならないような日中の価格変動から、相応の利益を得られる可能性も生まれます。レバレッジはあくまでツールです。賢明に利用すれば潜在的なリターンを増幅させることができますが、理解せずに利用すると損失の額もまた大きくなる可能性があります。
🔷 現物投資とは異なり、CFDのポジションを日をまたいで保有する場合、通常はオーバーナイト・ファンディング・チャージ(スワップ手数料)が発生します。 このコストは、ポジションを長期間保有するほど利益を圧迫する要因となります。そのため、これから解説する取引戦略は、長期的な投資というよりは、短期から中期のトレードに適していると言えるでしょう。
砂糖の生産について
サトウキビとテンサイ(砂糖大根)の違い
砂糖は、大きくサトウキビとテンサイの二つの異なる原料から生産されます。この違いは、地理的リスクや価格変動の要因を理解するうえで非常に重要になります。
| 原料 |
世界シェア |
気候条件と感受性 |
主要な栽培地域 |
| サトウキビ |
≈80% |
日照量が豊富で高温な地域を好みます。霜に非常に弱いため、気温の急変に影響されやすいです。 |
ブラジル、インド、タイ、中国 |
| てんさい(砂糖大根) |
≈20% |
15〜21℃の気温で最もよく成長します。サトウキビに比べると寒さや霜への耐性が強く、比較的安定した栽培が可能です。 |
ロシア、米国、ドイツ、フランス |
砂糖の生産地と栽培方法
サトウキビの生産は、主にブラジルとインドの2カ国に大きく集中しており、世界の総供給量のうち、それぞれ39%と24%を生産しています。さらに、これらの国内においても、特定の地域が大半の生産を担っています。
ブラジルでは、サンパウロ州だけで国内総生産の60%を占めており、ゴイアス州、ミナスジェライス州、マットグロッソ・ド・スル州といった近隣の州を含めると、その割合は85%に達します。これは、世界の総生産量の約33%が、ブラジルの中南部という限られた地域からもたらされていることを意味します。つまり、この地域で発生する小規模な局地的気象現象でさえも、世界のサプライチェーン(供給網)に深刻な混乱をもたらす可能性があるのです。
インドでも同様の状況が見られ、ウッタル・プラデーシュ州というわずか1つの州が、国内総生産量の半分以上を占めています。
一方、もう一つの原料であるテンサイ(砂糖大根)の生産は、サトウキビほど一定地域に集中していません。最大の生産国はロシアですが、そのシェアは全体の17%に過ぎません。ロシア以外では、米国、ドイツ、フランス、トルコ、ポーランド、ウクライナなどが主要な生産国として挙げられます。
もちろん、テンサイ生産においても特定の地域に生産が集中し、局地的な天候の影響を受けやすいクラスター(集積地)は存在します。しかし、全体としてはサトウキビよりも集中度が低いため、地理的なリスクは相対的に低いと言えます。特に、テンサイが世界の砂糖総生産量に占める割合はわずか20%である点も考慮すべきでしょう。
供給側のファンダメンタルズ要因
民間在庫補助(PSA)
EU(欧州連合)市場を域外の競合から保護する試みの一つとして、欧州委員会が市場に介入する制度があります。これは、短期的な供給過剰とそれに伴う価格下落に対抗することを目的として、欧州委員会が製品の保管費用を一定期間補助する形で支払う措置です。
簡潔に言えば、この措置の適用範囲こそ限定的ではあるものの、価格の安定化に寄与する要因となります。
気候リスク:エルニーニョ・南方振動(ENSO)
エルニーニョ・南方振動(ENSO)は、砂糖の収穫量に大きな影響を与える要因のひとつです。
具体的には、ラニーニャ現象が中程度の強さで発生すると、インドではモンスーン期(季節風)が例年より安定し、豊富な降雨量によってサトウキビの収穫量増加が期待できるとされています。一方、ブラジルの中南部では、ラニーニャによって冬がより乾燥する傾向が見られ、この気候はサトウキビの糖度を高めることにつながります。
その他にも、各生産地域に特有の気候リスクが存在します。
・ブラジル: 最大のリスクは、サトウキビの生育期に発生する干ばつです。
・インド: モンスーン期の雨量不足(モンスーンの不順)がリスク要因です。
・EU(欧州連合): 収穫期にあたる秋季の低温、大雨、霜の発生がリスクとなります。
砂糖とエタノール:生産量のバランス
砂糖と聞くと、私たちが日々口にする食品のほとんどに使われている、上白糖や三温糖を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。しかし、サトウキビにはもう一つ、重要な用途があります。それは、エタノールの生産です。
サトウキビは発酵し、蒸留されることで「含水エタノール」(エタノール95%、水分5%)となります。このプロセスはビールやワインの製造と非常によく似ており、比較的少ないエネルギーで生産が可能です。この含水エタノールは、E100燃料(バイオエタノールを100%使用した燃料)として、主にブラジル国内で普及しているフレックス燃料車(FFV)の動力源として使用されます。
また、含水エタノールをさらに脱水処理することで「無水エタノール」を製造することもできます。無水エタノールは、ガソリンと混合され、E5、E10、E15といった混合燃料(数字はエタノールの混合率を示し、残りはガソリン)として利用されます。これらの混合燃料は、米国やヨーロッパで広く普及しており、より安価で環境への負荷が少ないという理由から、新型車はより高いエタノール混合率の燃料で走行できるよう設計されています。
ブラジルのサトウキビ製糖業者は、粗糖(加工前の砂糖)の輸出と、主に国内のフレックス燃料車(FFV)市場向けの含水エタノール生産を、状況に応じて柔軟に切り替えることができます。そのため、各製糖工場は砂糖とエタノールのどちらを生産・販売すればより高い収益を得られるかを常に見極めています。
すなわち、サトウキビ生産の約39%を占めるブラジルの製糖工場がエタノール生産へ切り替えると、砂糖の供給が減少し、価格の下支え要因となります。こうしたパリティ(均衡関係)が、世界の砂糖価格に事実上の下限価格を設定された状態を生み出します。
先行指標との相関関係
前節で述べたように、エタノール生産の収益性は、砂糖の価格を左右する主要な要因です。そして、エタノール生産の収益性は原油価格の影響を大きく受けます。
原油価格が上昇すると、代替燃料としてのエタノールの競争力が高まります。その結果、より多くのサトウキビがエタノール生産に向けられ、市場に出回る砂糖の供給量が減少するため、砂糖価格の上昇要因となり得ます。
もう一つの主要な先行指標は、ブラジル・レアルと米ドル(BRL/USD)の為替レートです。ブラジルは砂糖の主要な輸出国であることから、その収益は主に米ドル(USD)で受け取ります。そのため、米ドル建ての売上を自国通貨であるブラジル・レアルに換金した際の受取額が増加します。
一方で、サトウキビの生産コストなど、国内で発生するコストはブラジル・レアル(BRL)建てで支払われます。したがって、レアル安が進むと、米ドルベースで見た場合の生産コストが相対的に低くなります。
このように、レアル安はブラジルの砂糖生産者にとって、収益面とコスト面の両方で有利に働く傾向があります。
これは生産者にとって、短中期の生産量を最大化しようとする強い動機付けとなります。結果として砂糖の供給量が増加し、価格への下落圧力(弱気要因)となる可能性があります。
しかしながら、先行指標と砂糖価格の相関関係に関する注意点として、「どちらか一方の先行指標のみで価格の動向を完全に判断できるわけではない」という点が挙げられます。例えば、2025年3月から10月にかけて、砂糖価格は下落しましたが、同期間においてのブラジル・レアルと米ドル(BRL/USD)は上昇傾向にありました。
先に述べた通り、レアル安は砂糖価格に下押し圧力をかける要因となるため、逆にレアル高であれば、砂糖価格上昇の一因となるはずです。しかし、実際には価格は下落しており、為替だけでは価格動向を決定できないことがわかります。

インド市場が与える影響
ブラジルのような砂糖とエタノールの収益性を比較する利益主導型の生産方法とは異なり、インドの砂糖輸出に関する意思決定は、政治的な動機によって行われることが頻繁にあります。
例えば、国内の在庫調整、生産農家の所得安定化、あるいは国内価格の抑制といった目的のために、輸出量が決定されます。こうした政治的な判断に基づく突然の方針発表は、市場に混乱をもたらし、多くの場合、価格への下落圧力(弱気要因)として作用します。
このような収益性以外のファンダメンタルズ要因は、ときに非常に急激な価格変動を引き起こしたり、あるいはブラジルの生産動向や天候不順といった他のファンダメンタルズ要因によって形成されていた市場のトレンドを停滞させたりする可能性があります。
したがって、砂糖取引を行う際には、全インド砂糖貿易協会(AISTA)による輸出割当の発表を注意深く確認することが推奨されます。
需要側のファンダメンタルズ要因
公衆衛生に関連した政策
近年、砂糖は健康面への影響から、世界的に逆風にさらされています。実際に、砂糖の消費量を抑制し、より健康的な食生活を国民に促す目的で「砂糖税」の導入を進める各国政府の動きも見られます。
いくつかの研究では、これらの課税が砂糖の総需要を押し下げる効果をもたらしていることが示されています。この総需要の減少は、砂糖価格にとって構造的な弱気要因(価格下落)が働いていることを裏付けていると言えます。
代替甘味料の台頭
私たちの食生活の変化も、砂糖の需要に影響を与えています。特に先進国では、砂糖の代わりに、他の人工甘味料や天然由来の甘味料を使用する傾向が強まっています。この長期的なトレンドも、砂糖価格に対するさらなる下落圧力となると見られています。
新興国における所得の増加
欧米の先進国で砂糖の需要減少が見込まれる一方で、新興国では今後、著しい経済成長が予測されています。
これにより、先進国での需要減少分が、新興国の需要増によって補われる可能性があります。特に、新興国の人口規模を考慮すると、先進国における需要の減退を、少なくとも部分的には相殺する要因となり得ると考えられます。
まとめ
本記事では、砂糖市場を分析する上で重要となる基本的な知識をご紹介しました。砂糖の市場価格は、天候、地政学的な動向、そして先行指標の相関関係が組み合わさって形成されています。