先週末、中東における地政学的な緊張が急速に高まり、世界情勢は依然として混乱した状況となっています。本記事では、これまで発生した出来事を時系列で整理し、主要なアセットクラスへの影響について分析します。
イラン攻撃の経緯:事態はどのように進展したのか
土曜日早朝:最初の攻撃
テヘラン時間の土曜日午前3時45分(日本時間:同日午前9時15分)頃、アメリカ軍とイスラエル軍の合同軍事作戦がイラン国内の標的に対して実行されました。この攻撃は、司令部・核エネルギー施設・各種軍事施設など、重要なインフラに集中して行われました。
最高指導者の死
最初の攻撃が行われた直後、イランの国営メディアは、アリー・ハメネイ師が自宅への攻撃を受けて死亡したことを発表しました。イランの最高指導者として、ハメネイ師はイラン国内の政治・宗教的な方針に対してに絶対的な権限を持つ存在でした。
同師の役割は国家機能の中枢を担っており、具体的には以下の権限を有していました。
- 軍の指揮権: イラン軍およびイスラム革命防衛隊(IRGC)に対する最終的な指揮権
- 政策の決定権: 外交政策および核政策に関する最終的な意思決定権
- メディアと宗教: 国営メディアの完全な監督権、および国内最高宗教権威としての地位
国家機能を維持するため暫定的な指導者が任命されていますが、イランの指導体制は極めて不安定な状況にあります。
イランの反撃
これに対し、イランはイスラエルを標的とし、加えて湾岸諸国に展開する複数の米軍基地および大使館に対して報復攻撃を実施しました。さらに、世界経済にとってもっとも深刻な事態として、イラン海軍は世界のエネルギー供給の要所であるホルムズ海峡の封鎖に向けて動き出しました。
各市場の反応
一連の出来事は取引所が閉鎖されている間に展開したため、月曜日の市場オープン時には、現在の変化した状況を織り込もうとする動きから、大幅な窓開けと大きなボラティリティが発生しました。
エネルギー
市場の反応において最も注目を集めているのは原油です。期近先物はオープン開始直後に前週の最高値67.83ドルから7%も跳ね上がり、一時75.33ドルの高値を記録しました。
ボラティリティを逃さない取引を。
エネルギー市場における主要なリスク要因は、ホルムズ海峡の封鎖です。世界の原油供給量の約20%がこの海峡を通過しており、現在この地域の取引が停止していることから、封鎖の長期化への懸念が価格動向を左右しています。
供給量が20%削減されたとしても、単純に価格が20%上昇するわけではありません。さらには、原油価格が1バレルあたり100ドルを超えるとの予測も出ています。これは「需要の価格非弾力性が低い」という経済原理に基づいています。消費者は価格に関わらず燃料などのエネルギーを必要とし続けるため、供給が逼迫すると、価格が指数関数的に上昇する可能性があるからです。
メタル
エネルギー市場に続き、ゴールドも大きな値動きを見せました。ゴールドの価格急騰は、ホルムズ海峡の封鎖という特定の事象に対する反応というよりも、地政学的不確実性の全体の高まりに起因するものです。歴史的に、大規模な紛争が発生した際の初期反応は、ほぼ例外なく「安全資産への逃避」であり、ゴールドはその最大の受け皿となります。
現在の価格は以前の史上最高値をまだ下回っているものの、それ以前の下落分をほぼ取り戻し、旧最高値から4%以内の水準まで回復しています。一方、銀(シルバー)の反応は金に比べてはるかに小さく、オープン時に一時ギャップアップしたものの、その後すぐに初動の上昇分を打ち消す動きとなりました。このような地政学的緊張の局面では、真の地政学リスクヘッジとして見なされる金にほぼ独占的に注目が集まる傾向があります。
株価指数
株価指数は3番目に大きな反応を示し、S&P500、ナスダック、ユーロ・ストックス50、日経平均がいずれも1〜2%のギャップダウンとなりました。火曜日の朝(日本時間:同日夕方)時点では、S&P500とナスダックは窓埋めされていますが、ユーロ・ストックス50、日経平均、ドイツ株価指数はいずれも依然として下落したままとなっています。
今回の売り傾向は、イランとの直接的な貿易(米国およびEUにとっては比較的軽微)よりも、インフレへの影響を懸念したものです。原油価格の上昇は世界経済にとって実質的な増税として機能します。また、エネルギー価格に起因するインフレーションに対抗するため、各国中央銀行がより長期にわたって高い金利を維持する可能性が高まっています。
FX(外国為替)
FX市場の反応は、他のアセットクラスと比較すると最も限定的でした。米ドルは安全資産への資金流入により強含んでいますが、リスクオフ局面における需要の一部はゴールドに吸収されています。現在FX市場においては、豪ドル/米ドル(AUD/USD)や米ドル/カナダドル(USD/CAD)といった、特定の通貨とコモディティの相関関係の動向に注目が集まっています。
テクニカル分析:注目すべき水準とシナリオ
原油

原油の1時間足チャート
週明けの取引開始時、原油市場では非常に大きな窓開けが形成されました。一般的なトレードの考え方として「開いた窓は閉まる」と言われることもあり、金曜日の終値水準まで価格が戻ることを期待して、売り戦略を検討することが合理的だと考えるかもしれません。
しかしながら、現在の状況はそれほど単純ではありません。今回の窓開けは、通常の注文フローの不均衡によるものではなく、資産そのものの価値が完全に再評価されたことによって発生したものだからです。価格変動がニュースによって引き起こされている局面では、オープン時の窓開けが埋まる可能性は通常よりもはるかに低くなります。
現在、かつての週足高値である75.17ドル付近で、価格の上昇が一時的に止まっています。しかし、今後さらに情勢がエスカレートした場合、この水準を容易に上抜ける可能性が十分に考えられます。
ゴールド
ゴールドの1時間足チャート
ゴールドは安全資産への資金逃避の主要な受け皿となりました。価格は寄り付き時に、一時ギャップアップしましたが、その後下落してオープン時の窓を埋める動きを見せています。その為、現時点では状況を見極める局面と言えるでしょう。
オープン時の窓が埋まった後に、価格が反転することは珍しくなく、情勢が大きくエスカレートした場合、月曜日につけた5,420ドルの高値を目指す動きが見られる可能性があります。もしこの水準を回復できれば、テクニカルな視点からはレジスタンスゾーンが存在しないため、史上最高値更新への道筋は比較的明確であると言えます。
S&P 500

S&P 500の1時間足チャート
週明けに発生した窓は既に埋まっているものの、市場のトレンドは依然として下落方向に重きが置かれているようです。価格は現在、6,790〜6,815ドルのゾーンをリテストする展開が見込まれますが、月曜日の朝に到達したばかりであることから、このゾーンはサポートラインとしての強度は比較的弱いと見られます。
前述の通り、株価指数の初期反応は主にインフレ急騰への懸念によるものです。原油価格と株価指数は当面の間、逆相関の関係にあるように見えます。つまり、原油が上昇すれば、株価指数は大きく下落する可能性が高いということです。
現在、これらの市場におけるリスクは上方向ではなく下方向に集中しています。米国、欧州、日本における経済的な背景そのものは本来強気なものですが、現在の地政学リスクへと非常に強く焦点が当たっています。
USD/CAD(米ドル/カナダドル)

USD/CADのテクニカル状況は、一見したところよりも複雑です。週明けの市場オープンが先週金曜日の終値とほぼ同じ水準であったことから「USD/CADの反応は反応がなかった」と見過ごしてしまうかもしれません。しかし、実際には本通貨ペアを構成する両通貨が同時に再評価されています。
USD側では、安全資産への資金逃避と将来的な利上げ期待の高まりが重なり、米ドル指数(DXY)が上昇しています。ここでの論理を整理すると、以下のようになります。
現在のホルムズ海峡の封鎖により、原油の流通は大きく阻害されています。この状況が長期化すれば、原油価格は1バレルあたり100ドルを超える可能性があります。
また、原油などのエネルギー価格の上昇はインフレの主要な構成要素であり、各国中央銀行は高金利を維持せざるを得なくなります。さらに、高金利の見通しはUSDを保有動機を強め、現在のドル高につながる要因となります。
一方で、CAD側では、カナダの輸出の多くが原油関連の分野に集中していることから、カナダドルの価格は原油と連動しています。現在発生しているのは、通貨ペアの両方がほぼ同じ幅で上昇しているという事態です。その結果、チャート上では大きな影響を受けていないように見えますが、実態はその逆となっています。その為、USD/CADを取引する上で、最も注目すべき資産は原油と言えるでしょう。
ボラティリティを逃さない取引を。